キャッシュレス還元、ここでやめたら失策に。「7月の壁」で消費者もお店も損をする/ 岩田昭男
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昨年10月から始まったポイント還元事業が6月30日で終了する。果たして結果はどうだったのか?キャッシュレス決済比率を見ると確かに上がっているが、その内訳を見ると成功とはとても言えない。
キャッシュレス推進の効果はあったのか?
昨年(2019年)10月から始まったポイント還元事業が今月末(2020年6月30日)で終了する。ネットではこの事業の継続を訴える声が圧倒的だ。例えば、こんな具合だ。
「この制度を延長すれば、消費者が売り上げが減ったお店に行くきっかけになるかもしれない」
「この事業の延長は、既存インフラをそのまま使って微調整の対応で済むはずなので、“ローコストで実施可能な景気対策”としてこれ以上のものはないと思う」
「現金の受け渡しが減ることでコロナ感染予防になると思うので、そういう観点からも延長すべきだと思います」
そこで、今回のポイント還元事業と政府のキャッシュレス促進政策について考えてみたい。
経産省はポイント還元事業の終了が間近に迫った6月11日、今年の3月16日までの対象決済金額は7兆2,000億円で、2,980億円が消費者に還元されたことを明らかにした。
ポイント還元事業に加盟店登録した小売店は約115万店。対象となる小売店は全国で約200万店といわれており、登録店舗は全体の半数を超えたことになる。
このうち5%還元の対象となる個人商店が中心の中小・小規模事業者が約105万店で、9割強を占める。残りの約10万店が、2%還元されるコンビニや大手のフランチャイズチェーンの店舗であった。
さらに経産省は6月23日、民間消費のキャッシュレス決済比率(金額ベース)を発表した。それによると、2019年の日本のキャッシュレス決済比率は前年比2.7%増の26.8%(81兆9,000億円)となった。
2015年の統計では、日本のキャッシュレス決済比率は、約19%ほどだったから、4年間で26.8%と7.8%増えている。短期間に急速な増加であり、キャッシュレス決済促進に関しては一定の成果はあったといえるだろう。
利用者の意識から言ってもそれはいえる。民間の調査会社、MMD研究所が今年4月に行ったアンケート調査では、約2割の人が「支払いに変化があった」と答えており、そのうちの約7割強の人が「現金の利用が減った」と答えている。
キャッシュレスに対しては好意的な見方が広がっているといえる。
ポイント還元事業とは何だったのか?
そもそもポイント還元事業は、政府が消費税増税対策、インバウンド対応、キャッシュレス促進の一石二鳥ならぬ三鳥を狙って打ち出した政策だ。しかし、消費税増税後の消費の落ち込みを抑えることはできず、また、インバウンドはコロナ禍で消滅してしまった。
先に紹介した経産省の発表や世論調査の結果を見ると、最後に残ったキャッシュレス促進についてだけ、かろうじて政府の思惑通り、ポイント還元事業がいくばくかの貢献をしたといえるかもしれない。
しかし、キャッシュレス決済比率が上昇し、キャッシュレスの機運が盛り上がっているとはいっても、ポイント還元事業が成功だったとはいい切れない。
まず、ポイント還元事業への加盟店舗数が115万店に達したとは言うものの、経済産業省の調べでは、ポイント還元事業に参加した店の中でキャッシュレスを初めて取り扱った新規の店は全体の約3割で、以前から何らかのキャッシュレス決済を導入していた店が約7割だったという。
この比率は示唆的である。
7割というキャッシュレスに馴染んできた既存店にとっては、ポイント還元の旨みを独占的に享受できたのではないだろうか。クレジットカードの扱いなどには習熟しており、その延長で取り組むことができた。
一方の新しくキャッシュレスを取り入れた3割の店は、見よう見真似でキャッシュレス決済に慣れるのに精一杯で、新規顧客の開拓や売り上げアップに結びつけるのは難しかったのではないだろうか。
新規参入店が少なかったせいで、商店街全体が「キャッシュレス」で盛り上がるといった全国的なイベントも少なかったように思える。
コロナ禍が中小事業者を直撃
また、MMD研究所の調査結果を見てもわかるように、支払い方法が現金からキャッシュレスに変わったという人は、全体の2割強でしかなく、8割の人は従来通り現金利用のままなのだ。今年4月にはクレジットカード取扱高が前年比16%減というこれまでで最大の落ち込みだったことを考えると、昨年のキャッシュレス決済比率がアップしたといって単純に喜んではいられないのである。
ポイント還元事業の対象となった中小店舗(飲食店や日用雑貨店など)の多くは、今年に入ってからコロナ禍によって苦しい状況に追い込まれている。3月以降、非常事態宣言が出され、外出自粛や休業要請が行われると売り上げが激減し、営業を続けることが難しくなり、廃業する店も増えている。
したがって多くの店がポイント還元事業やキャッシュレスどころではなく、少しでも早く、十分な休業補償をしてほしいというのが本音だろう。
テイクアウトを始めた飲食店のなかには、入金が遅くなるキャッシュレスではなく、現金決済のみにしているところも少なくない。
唐突に決済手数料の開示を打ち出した経産省
さらに、ポイント還元事業が6月30日で終了したあとは、“7月の壁”が中小の小売店舗の事業者の前に立ちはだかる。ポイント還元事業の間は特例として3.25%までに抑えられていたキャッシュレス決済の手数料料率が、従来の5〜6%まで引き上げられる、クレジットカード会社の一般の料率に戻されるのだ。
優遇策が7月から取り払われると、中小店舗の事業者には、深刻な問題となる。手数料の大幅アップでは儲けが吹き飛んでしまうので、キャッシュレスをやめて現金扱いに戻る店が続出するのでないかと心配されているのだ。
一方で、現金にはコロナウィルスが付着しているおそれがあり、現金を利用することは感染リスクを高める。そう考える人が、キャッシュレスは感染リスクを抑える清潔で安全な決済手段として再評価するようになってきた。思わぬところで、コロナの追い風が吹き出したので、これには驚いた。
そのせいで、コロナ後を考えねばならない事業者は、さらに複雑な心理状態にあるのではないか。「これから商売を続けるには、キャッシュレスでなければならない。高い手数料を払ってまで、その価値があるのか」と、事業者たちは、悩んでいる。
進むも地獄、退くも地獄なのである。
決済事業者の手数料一覧を表示し比較させる
そこで政府は、手数料料率の引き下げこそが、引き続きキャッシュレス化を進める際の肝だと考えたのだろう。なんと経産省は近く、キャッシュレス決済の事業者が加盟店から受け取る決済手数料の料率を開示するよう義務付ける、というのだ。
つまり、決済事業者それぞれの手数料を一覧表示し、小売店舗の経営者が決済事業者ごとの手数料料率を見比べて手数料の安い事業者を探しやすいようにするというわけだ。それによって手数料競争を起こすのが狙いだ。
決済事業者といっても、経産省が問題にしているのはクレジットカード会社の手数料だ。
というのは、ペイペイやLINEペイ、auペイなどのQRコード決済は、ポイント還元制度の実施期間中はもちろんのこと、2021年の半ば頃まで手数料を無料にしているところが多く、通常の手数料料率自体も2~3%程度で、クレジットカードに比べて低い。
だから、ポイント還元制度が終了するにあたって問題なのは、「クレジットカードの手数料料率が高すぎる」ことだというのが経産省の考えなのだ。
クレジットカードの手数料が高いワケ
経産省は、決済事業者が手数料を公開することで、加盟店が決済事業者を比較し選別することが容易になり、その結果、決済事業者間の競争が生まれ、ひいてはキャッシュレスの促進や利便性の向上など消費者のメリットにもつながる、などと説明している。しかし、経産省のこうした考えは非常に一面的な見方であり、あまりに短絡的である。
海外では、2~3%が普通といわれる手数料料率であるが、日本だけが5~6%と突出しているのはたしかに問題である。しかし、政府のように手数料さえ下げてしまえばキャッシュレスが普及すると信じている点は、見当違いも甚だしい。
というのも、クレジットカード会社の手数料問題は、日本のクレジットカード60年の歴史がからんでおり、根が深い。ここでは細かく述べないが、問題のひとつはCAFIS(キャフィス)という日本独自の決済センターがあることだ。決済情報がCAFISを経由するために手数料が高止まりしているといわれている。
CAFISを運営するNTTデータはこの6月10日に手数料の引き下げを発表し(実施は10月から)、政府に恭順の意を示した。ありていにいってしまえば、政府に尻尾を振ったわけだが、そんなことではクレジットカードの手数料はビクともしなかった。
NTTデータが少し動いたぐらいではどうにもならないほど、システムが複雑になっているのだ。手数料には銀行の口座振替手数料やVISAやマスターカードなど国際ブランドのライセンスフィー、ネットワーク利用料、利用明細書の作成料金なども組み込まれているという。
一朝一夕では解決しない手数料問題
もうひとつ、クレジットカード会社を狙い撃ちするような決済手数料の開示義務付けに賛成できない理由がある。それは、都会と地方の格差をより広げる懸念があることだ。
例えば、大都市の加盟店舗の手数料が標準で2%なら、地方の店舗は標準5〜6%にもなる。顧客が少なく、取扱高が小さいために、どうしても手数料が高くならざるをえないのだ。
もし地方の店舗の手数料料率を大都市の店舗並みに無理やり下げると、その店の手数料率を決定して管理している地方銀行の系列カード会社(アクワイアラー)にしわ寄せがいって、その会社が倒れてしまう危険があるという。
例えば、東京都心の小売店(パン屋)は薄利多売の店なので2%でやっており、山形の同業の小売店は5%だとする。両店ともこの手数料料率で回っているのだが、これが全国2%に統一といわれた瞬間に、東京の店はそのままで、山形の場合は、アクワイアラーの銀行系カード会社の手数料収入が半分以下に減るので、倒産の可能性も出てくるというのだ。
5%で何とか成立していたビジネスが、全国2%で一律に線引きされると崩れる地域が出てくる。手数料を考えるうえでは、こうした地域差も考えねばならない。
(政府にはそれでも構わないという意見もあるようで、クレジットカードの手数料料率が高すぎるのであれば、QRコード決済に換えればいいという意見もある。しかし、それは地方経済の現状を無視した言い方であり、強引すぎるのではないかと私はみている。60年の垢が溜まったクレジットカードの手数料問題は一朝一夕に解決するものではない)。
消費者は置いてけぼりの政府施策
このように考えると、唐突に決済手数料開示の義務付けをいい出し、手数料競争を煽ろうとする経産省の発表を歓迎することはできない。気になるのは、これらの話の中には、消費者の姿が一向に見えないことだ。カード会社と加盟店の駆け引きだけで、消費者はまったく消えてしまっている。
経産省は冒頭で述べた「民の気持ち」を忘れているのではないか。国民が何を望んでいるかを忘れている。「カード会社の手数料が高すぎるから、ポイント事業は失敗しつつある」などとは言ってほしくない。手数料が高いことは最初からわかっていたのではないか。それよりは私は日々の暮らしを考えてほしい。
ポイントとキャッシュレスを使って、いかに便利にお得になるかにもっと力をいれてほしい。
上級国民のあなた方(官僚・政治家)には一番遠い所にあるかもしれないが、庶民が求めるのは手数料ではない。ポイント還元事業の継続であり、延長である。そして、手数料引き下げは、長期的な視野で取り組むべき問題であるだろう。
ポイント還元事業の継続が必要?
経産省がいまやるべきことは、キャッシュレスの利便性を消費者にしっかりと理解してもらうことだ。1. 現金に触れる必要がなくなりコロナの感染のリスクが減る
2. レジで小銭を数える必要がなくなりスピーディーに買い物ができる
3. お金を落とす心配がなくなる
4. ポイントが貯まる
5. お金の使い道がよくわかる
などのキャッシュレスのメリットを消費者に積極的に訴えかけ、キャッシュレスの普及を図るべきだ。
9月からは、「マイナポイント」がスタートする。マイナポイントは、マイナンバーカードをクレジットカードやペイペイなどのQRコード決済やSuicaなどの電子マネーとひもづけ、買い物をした際の金額の25%をポイントで還元(最大5,000円)するというもの。Suicaなどに現金をチャージしてもポイント還元の対象になる。
こうした計画が走っているのなら、ポイント還元事業を7月以降もそのまま延長し、9月のマイナポイント開始までつなぐ、あるいはマイナポイントと並行してさらに続けるといったプランがなぜ出てこなかったのか。
消費者に対するキャッシュレスの啓蒙を行うと同時に、このような消費者への還元事業を行いながらキャッシュレス決済比率を高めるとともに、決済システムの抜本的改革を長期的視点で進め手数料の引き下げが可能な環境を整える。
こうした道筋をたどるべきではないか。それが一見遠回りに見えても、キャッシュレスを確実に前に進めることになるはずだ。
キャッシュレス推進事業も「特定企業」の利益に…
ポイント還元事業は一般社団法人「キャッシュレス推進協議会」から電通へ、マイナポイントも一般社団法人環境共創イニシアチブから電通へ実務が再委託されていることが批判にさらされている。国民の税金が無駄に使われ、それが特定企業の利益につながっているとすれば、事業そのものを根本的に見直さなければならないことを最後に付け加えておく。
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